フミヤ:「おい、おい、何をするんだ。やめろ」
夢の中。
黒い人影が現れる。そしてオレの腹に手を突っ込んでくる
フミヤ:「う、うわああ」
不思議と痛みはない。しかしギュッと胃を握られたのが分かる
フミヤ:「や、やめろ。苦しい」
そして目が覚める。
フミヤ:「うわあっ、ハア、ハア。またこの夢か」
オレの名前はフミヤ、30歳の会社員。
最近、ずっとこの夢を見ている。
ここのところ、夢のせいで全く寝た気がしていない。
朝食の箸が進まないオレ。
そんなオレを見て、妻のナオコは言う。
ナオコ:「あなた、食欲ないの?」
フミヤ:「ああ」
ナオコ:「なんだか、顔色良くないし」
フミヤ:「ここのところ残業続きだしな」
ナオコ:「せめて、タバコは辞めたほうがいいんじゃない?」
フミヤ:「でもなあ。あの一服が病みつきになるんだよなあ」
オレはヘビースモーカー。ここ数年、タバコを吸わなかった日は一度もない。体に良くないのは分かっていても、それでも辞められないのだ。
そんなある日
フミヤ:「占い、初回無料か」
街中の占い屋の看板にそう書かれていた。
フミヤ:「まあ、初回無料なら、試してみる価値はあるかも」
そう言って店に入る。中には、いかにも占い師って感じの中年の女がいた。
占い師:「こんにちは。初めての方ですね?初回なので無料となります。どうぞ、おか
けください」
フミヤ:「ありがとうございます」
早速、占いが始まった。占いは初めてだったが、占いを待っている間のあの独特の雰囲気は楽しめた。すると突然、占い師が話を始める。
占い師:「あなたの守護霊が、何か訴えようとしています」
フミヤ:「はあ。一体、何を伝えようとしてるんですか?」
占い師:「占いによると『お腹に気をつけろ』と出ています」
フミヤ:「お腹って、もしかして」
ふと、夢との関係性を疑ったオレは、占い師に夢のことを伝える。
占い師:「もしかしたら、守護霊からのメッセージかもしれませんね。とにかく、お腹
に注意を向けたほうがいい、というのは間違いないかと」
フミヤ:「そうですか。分かりました」
まさか、あの夢と占いが繋がるなんて夢にも思っていなかった。正直、少し驚いた。
フミヤ:「そうか、お腹かあ」
今までの生活を振り返る。暴飲暴食、過度な喫煙、夜中までの残業。そうした悪い要素がオレの胃に負担をかけているのだろう、自分の中でそう結論付けた。
数日後
ナオコ:「あら、最近はしっかりご飯食べるのね」
フミヤ:「ああ。オレも三十歳なわけだし。そろそろ健康に気を遣うことにしたんだ」
ナオコ:「それは嬉しいけど、まさか、まだ喫煙してるなんてことはないわよね?」
フミヤ:「もちろん辞めたよ、タバコ。それに最近はなるべく残業しないようにしてるんだ」
ナオコ:「そうなの。なんか、見直したわ。あなたのこと」
フミヤ:「ありがとう。」
いつもオレの体調を心配してくれる妻のナオコが喜んでくれるのが嬉しかった。
生活習慣を改善したことで、だいぶ体調も良くなり、仕事にも真面目に取り組めるようになっていた。
しかし気がかりなことが一つ。それは夢のことだ。生活習慣を改善してもなお、夢は毎晩のように続いていたのだ。
フミヤ:「生活習慣は見直したのに、なんで夢は続いてるんだ?」
疑問に感じたオレは、仕事帰り、再び占い師の元を訪ねる。
フミヤ:「夢が続いている訳を見てもらいたいんです。お金はしっかり払いますので」
占い師:「分かりました」
占いが始まった。
今回は前よりも時間がかかっている。しかも、占い師は何か考え込んでいるようだ。何か良くない結果が出たのか?オレは恐る恐る占い師に声をかける。
フミヤ:「な、何か、分かりましたか?」
占い師:「ええ。でも、やはり『お腹に気をつけろ』という守護霊からのメッセージは変わっていませんね」
フミヤ:「そうですか。」
占い師:「それからもう一つメッセージが増えていますね」
フミヤ:「もう一つ?なんでしょうか?」
占い師:「はい。メッセージによると、『夜、コンビニに行かないと死ぬ』と言っています」
オレは目が点になる。守護霊からのメッセージというから、何か重大なものかと思っていた
フミヤ:「夜、コンビニに行かないと死ぬ?ふざけてるんですか?私をからかってるんですか?」
占い師:「いいえ。そんなつもりは・・」
フミヤ:「いいです。もう帰ります」
あきれて店を出るオレ。真剣に悩んでいたのがバカバカしくなり、そのまま帰宅した。『夜、コンビニに行かないと死ぬ?』占いを信じようとした自分がバカらしくなった。
フミヤ:「何だよ、コンビニに行かないと死ぬって。絶対にハッタリだろ」
怒りをにじませながらテレビを見ている。
すると
ナオコ:「ねえ、あなた。牛乳切らしちゃったから、買ってきてくれない?」
フミヤ:「はいはい。」
お使いを頼まれたオレは家を出る。
家を出て、近くのコンビニに向かう途中、ふと占い師の言葉がよぎる。
フミヤ:「夜、コンビニに行かないと死ぬ。か」
まだ腹がたっていたものの、少し気になるオレ。まあ、今からコンビニに入れば、何か分かるのかなあ。そう思いながらコンビニに入る。
フミヤ:「牛乳、牛乳っと」
手早く牛乳を手に取り、レジに向かう。
すると、
男:「おい、金を出せ」
男が店員を脅している。
店員:「は、はい。」
怯えてレジの金を集める店員。しかし手が震え、もたつく。
フミヤ:「今だ!」
オレはそう思い、犯人に立ち向かう。
犯人:「何だお前。動くな」
犯人の右手には拳銃が、そして
バン(銃声)
オレのお腹に衝撃が走る。
フミヤ:「うっ」
腹から溢れ出る血液。
激しい痛みに襲われながらオレは思った。やはり、占い師はインチキ野郎だったのだと。
フミヤ:「何だよ・・コンビニに来て、死なないどころか、撃たれちまったじゃねえかよ。『お腹に気をつけろ』ってこういうことだったのか」
占い師の言葉を思い出しながら、次第にオレの意識は薄れていった。
目が覚めると、そこは病院のベットの上だった。
フミヤ:「あれ?オレ、生きてるのか?」
横を見るとナオコが泣きながら顔を覗き込んでくる。
ナオコ:「あなた!良かった」
数時間後、意識が完全に回復。
ナオコから事の次第を聞いた。
オレを撃ち、犯人は逃亡。直ちにオレは救急車で搬送されたらしい。そして手術は無事終了、一命をとりとめ、今に至るそうだ。ちなみに、犯人はすぐに逮捕されたという。
医者:「あの、一つ伝えたいことがありまして」
さらに、医者から信じられない話を聞かされる。
医者:「実は手術の際、フミヤさんの胃からガンが見つかったんです」
フミヤ:「が、ガン?そ、そんな」
医者:「ですが奇跡的にすぐに取り除くことができました。というのも、至近距離の銃
撃だったので拳銃の弾がフミヤさんの胃を貫通していまして、その際に癌の大部分が除去されたようなんです。つまり、言い方は変になってしまうんですが、”当たりどころが良かった”ということになります。ちなみにもし癌をそのままにしていたら、いつ全身に転移してもおかしくない状況だったと思われます」
そう。
オレの見た夢、そして占い師の受け取った守護霊からの伝言は間違っていなかったのだ
もしあの時コンビニへ牛乳を買いに行っていなかったら、オレは確実に胃ガンに侵されて死んでいただろう。
そしてその出来事以来、もう夢をみることはなくなった。
解説
守護霊は、フミヤが胃がんにかかっていることを夢で伝えようとした。しかし、フミヤのみならず、占い師もそれにはっきりと気づくことはできなかった。
「コンビニに行かないと死ぬ」というのは、フミヤが銃撃されることで助かる未来を予知した守護霊からの警告だったのである。
ちなみに、食欲不振や顔色が良くないというのは全て胃癌の症状だった