「グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
禍々しい呻き声をあげながら、アイナさんの容姿が変わっていく。
それはまさに化け物の姿。
その光景を前に、オレは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
オレの名前はコウスケ、25歳の会社員。
趣味はドライブで、仕事終わりや週末に頻繁にドライブに向かう。
その夜、仕事を終えた俺はいつものように車で山道に向かう。
ブヴン!ブヴン!エンジンをふかすオレ
コウスケ:「よっしゃあ、準備はバッチリだ!行くぜ」
閑散とした林道を駆け抜けていく。この瞬間がたまらない。いつものように山道を攻めるオレ。
しかし、カーブを曲がると急に目の前に女性の姿が
コウスケ:「うわ!危ないっ」
急ブレーキをかけなんとか衝突は回避した。
だが女性のことが気になったので確認に向かう
コウスケ:「あ、あの、大丈夫でしたか?」
女性:「はい。大丈夫です」
コウスケ:「こ、ここで何をしてたんですか?」
女性:「趣味で。野生動物を観察していたんです」
コウスケ:「そうでしたか。本当にすみませんでした。もしよければ送っていきます」
オレはお詫びに、彼女を家まで送っていくことにした。
女性:「乗せてもらっちゃって、ありがとうございます」
コウスケ:「いえいえ。とんでもないです。あの、オレはコウスケって言います。あなたの名前は?」
女性:「はい。アイナといいます」
こんな山奥に女性一人で、しかも車に乗っていたわけでもなく、歩いていたのだ。不思議に思ったオレは質問を続けた。
コウスケ:「アイナさん。あの、質問なんですけど」
アイナ:「はい」
コウスケ:「あの山奥の林道まで歩いて来たんですか?」
アイナ:「ええ、まあ。運動もかねて」
コウスケ:「でも、街からはかなり遠いですけど」
アイナ:「もう慣れてるんで。大丈夫です」
コウスケ:「そうでしたか。華奢なのに、結構タフなんですね」
アイナ:「いえいえ、とんでもないです」
よくよく見てみると、アイナさんは色白で、華奢でとても美人だ。
だが、少しばかり顔色が悪い気がした。
コウスケ:「なんだか顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
アイナ:「大丈夫です。お気になさらず」
コウスケ:「せっかくなので、お詫びもかねて何か奢らせてください」
アイナ:「え!ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
アイナさんは焼肉屋を指定した
アイナ:「う~ん。美味しい♡」
コウスケ:「アイナさんって、ホルモン好きなんですね」
アイナ:「ええ。内臓系が大好きなんです」
笑顔でホルモンを頬張る彼女。つられて俺も焼肉を食べまくる。
コウスケ:「いやー食った食った!もうお腹パンパン!」
アイナ:「本当に沢山食べましたね。ごちそうさまでした」
食事の後は、アイナさんの顔色もすっかり良くなっていて、笑顔も出るようになっていた。
オレはアイナさんをアパートに送り届ける。
そこは周りをビルで囲まれており、陰気な立地だった。
アイナさん曰く、日当たりが悪い分、安く借りられたらしい。
コウスケ:「今日は本当にすいませんでした」
アイナ:「いえ。とんでもないです。こちらこそ、ごちそうさまでした」
連絡先を交換し、その日は別れた。
それから、オレは彼女に何度もアポを取るが中々予定が合わない。
しかしある時、
アイナ:「明日の夜、一緒に野生動物を見に行きませんか?」
と誘われる。
夜、アイナさんを車に乗せて森へと向かう。
アイナさんの指定した森は、街から離れた山の中。
アイナ:「私についてきてください」
すると突然声をかけられ、車を降り、そのままアイナさんの後ろをついていく。
かなり森の奥深くまで来た。
コウスケ:「かなり奥まで来ましたね」
アイナ:「しーっ。しゃがんで。懐中電灯を消して」
すると、
「ガサ、ガサ、ガサ」
少し先の方から、草木をかき分ける大きな足音が聞こえた。
茂みの隙間から覗くオレたち。
アイナ:「あそこにクマがいる」
コウスケ:「えっ。何も見えませんよ」
すると、
「ガルルルル」
獣の声、やはりクマがいるようだ。
アイナ:「コウスケ君はここでじっとしていて」
コウスケ:「ええ。分かりました。でも、アイナさんは?」
途端、アイナさんの気配が消える。横を向くとアイナさんの姿がない。混乱するオレ。
すると、
「ガルルルル」
クマがの声が大きくなる。威嚇を始めたようだ
オレは思った。まさか、アイナさんはクマに向かっていったのではないかと。
いくら動物好きとはいっても流石に無茶だ
コウスケ:「アイナさん、一体何を・・」
その時「ドンッ、ドンッ、バキバキ」
草木を掻き分けて凄まじい音が暗闇の中から聞こえてくる。
まるで獣同士が戦っているような音だ。
数分後、静けさを取り戻す森。しかし次に聞こえてきたのは
「ブチブチッ、ベチャベチャ」
肉を食いちぎるような気味の悪い音
すると、
アイナ:「コウスケくん、こっちに来て」
アイナさんの声が。恐る恐る懐中電灯で照らしながら進む。
森の中にはおびただしい数の血痕が。全身が震え始める。同時に雲がなくなり、満月が覗く。
月光で数メートル先の光景が照らし出された。
そこにいたのは血まみれのアイナさん。クマの死体の前に佇んでいる。
よく見ると、切断されて地面に横たわる左腕。
それだけではない。右手には赤い物体。クマの内臓だ。さらに血みどろの口でその内臓を食らっている。
コウスケ:「君は一体・・」
「グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
禍々しい呻き声をあげながら、アイナさんの容姿が変わっていく。
それはまさに化け物の姿。呆然とするオレ。
アイナ:「ごめんね。コウスケ君」
アイナさんは話し始める。
アイナ:「私、吸血鬼の血を引いているの。血は薄くなってるから、人間を吸血鬼にすることは出来ない。でも、生肉とか新鮮な血を定期的に摂らないと死んでしまう。流石に人間を食らう訳にはいかない。だから、この恐ろしい姿になって、野生動物を襲ってきた。秘密にしていてごめんなさい。いつか伝えなきゃって思ってた。その・・」
黙り込むアイナさん。
同時に再生する左手。全身の熊の返り血が肌に吸い込まれていく。
そうして身体が小さくなり、元のアイナさんに戻る。
アイナ:「わ、私、コウスケ君のことは好きだけど。でも、こんな姿だし。コウスケ君と一緒にはいられない。ごめんね」
大粒の涙をこぼしながら訴えるアイナさん。
コウスケ:「あ、あの。オレも好きだよ」
アイナ:「え・・?」
コウスケ:「吸血鬼だからって、そんなの関係ないよ。アイナはアイナじゃないか。それで良いんだよ」
アイナ:「でも」
ギュッ、オレはアイナを抱きしめる。
コウスケ:「吸血鬼とか、関係ないよ。ありのままのアイナが好きなんだ」
アイナ:「うっ、うっ。ありがとう」
コウスケ:「だから、その・・オレと付き合ってくれないかな」
アイナ:「うん」
こうしてアイナさんは俺の彼女になった。
数年後。
男の子:「パパー、ママー!」
オレとアイナは結婚。
今は山の中に移り住み、家族3人で幸せに暮らしている。
解説
ある日、山の中で遭遇した女性、アイナは吸血鬼の血を引く特殊な人間だった。
出会った当初、「野生動物を観察していたんです」というのは、食らうための野生動物を探していたためで、街からほど遠い林道までは、吸血鬼ならではの身体能力の高さを生かし、林を駆け抜けてやって来ていた。
コウスケと出会った時、顔色が悪かったのは、野生動物を食らうことができなかったため。しかしその後、焼肉屋でホルモンを大量に食べて、鉄分摂取ができたため顔色が良くなった。内臓が好きなのは、鉄分を豊富に摂取することができるから。
日当たりの悪いところに住んでいたのは、日光に当たれない吸血鬼のアイナにとって好都合の場所だったためである。
アイナからコウスケを森に誘ったのは、コウスケに吸血鬼の姿を見せて、交際を諦めてもらうためだった。しかし、コウスケは吸血鬼であるアイナを受け入れて結婚するのだった。